出来ないことは恥ずかしいことじゃない。

こんにちは。

いよいよ合宿を週末に控え、合宿準備も大詰めを迎えています。

とともに…

僕自身はその最終確認と合宿直後に始まる三者面談の準備、冬期講習関連、定期テスト対策特訓③等々、並行作業で進める業務が出てきて、

自分の中ではいよいよ本格的な「入試シーズン突入」と思っています。

受験生をはじめとし、一人ひとりの生徒が前進できるように変わらず指導に努めていきたいと思っています。

で、そんな中で表題の件です。

先日の2年生の一斉である生徒に個別に話をしました。

僕の中では、

●その時分からないことは何も恥ずかしいことではない

●恥ずかしいと思うなら、出来る様になれるように努力をしよう

●日々の学習において少しでも「適当」な箇所があると、それが君自身の成長を阻害する

主にこの3点を伝える為に話をしました。

何度もここでも書いていますが、中学生の勉強で絶対にルーズにしてはいけないのには○付けです。

スペルが少し違うだけだから○にして良い。

計算で少し間違えただけだから○にしてよい。

漢字を間違えただけだから〇で良い。

そんなことは絶対に無いのです。

間違えは間違えであり、絶対に修正しなければならないのです。

「このくらい良いや…」

その積み重ねは中学生が思っている以上に大きな穴となり、テストでも思いっきり表面化してしまいます。

※これが最も大きく影響するのは受験生の日々の勉強です。

時間的側面では、「ほんの些細な差」と感じる一日20分が一ヶ月では10時間、1年では120時間になります。

内容的側面では、一日1問の国語の演習が1ヶ月では30問、一年で360問に相当するわけです。

まぁ、ザル計算ですが…

だからこそ、目の前の1問を雑に扱ってはいけないわけです。

先日話をしたその生徒は、普段から勉強に対しての取り組みは一面的に見れば何ら問題はありません。

でも、角度を変えてみてみると…

やはり修正すべき点があるのです。加えて、その子が「あと1つ、2つレベルアップするには不可欠」と思って話をしました。「

あとは、実践あるのみです。

早速昨日も行動に移してくれましたが、それを単発で終わらせず、継続させていくこと。

その先に、確実な前進が待っているわけです。

今できないことは恥ずかしいことじゃない。

恥ずかしいのは、

★それを出来るようになろうという気持ちを持てないこと

★それが出来るようになるような行動をしないこと

★結果的に、いつまでも出来ないままでいること

それを忘れずに、又頑張って欲しいと思います。

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