当たり前の基準をどうもつか?

起きたら9時前…

いくら寝たのが朝方だったとはいえ、時計を見てビビりました。

マッハで掃除して、

ジムに行って軽い運動をして(打撲中の為バイク20分と筋トレのみ)、

ちょこっと私用をこなして、教室であれこれこなしてのナウです。

最近日課の「子どもたちが学校・保育園に出発してからの朝読書」の時間を取れませんでした(-_-;)

まぁ…

こんな日もあるさ。

さて、タイトルは昨日の中1の通常一斉についてです。

先々週は勝平教室の保護者会、

先週は泉中生は宿泊研修で土曜振替になり、佐久間Tに代講をお願いして私は対策生のフォローに回ったため、

泉中1年生は中々な「お久しぶり!」感の中での授業となりました。

で、そこでの話ですが…

昨日の授業初めに実施したチェックテストで、昨日は「あと1点」での不合格者が複数名いました。

私の中では、

一生懸命準備して臨んだのに

不合格だった…

これは良いよ!と毎回言っています。

ただ、同時にこういうことも言っています(当然言い回しは変わりますが)。

けどね?自分なりの一生懸命をもう一度考えなければいけないよ?

だって、学校のテストに一生懸命準備して挑んだけど50点だった…

それで自分自身納得できるの?

加えて、「結果は50点だった」という事実を見て、

本当に自分なりに一生懸命やったと言えると思う?

ね?

絶対に修正しなければいけないこと、あるよね?

そんな話です。

で、それをしっかりと踏まえて修正を重ねて前進を続ける子もいます。

が…

ここにきて、悪い意味での「不合格に対する慣れ」が出てしまっている子もいると感じました。

昨日。

実際、前回内容のCT(チェックテスト)が不合格という結果になって、

明らかに、「不機嫌」な表情になっている子が約1名(笑)

明らかに、悔しそうな顔をしている子が約2名。

正直…

それ以外の子は、「追試で合格すればいいや」という想いを大なり小なり持っているように見えました。

私には。

でもね?

違いますよ、絶対に。

本来授業のCTは「やれば絶対に合格できる」という内容とレベルに設定しています。

問題だって授業で使っているそのテキストから、

全く同じ問題を出しているわけですし…

当然目指すべきは全問正解の一発合格!

それ以外ありません。

そういう意識で日々の授業に臨み、

そういう意識で毎回の復習やCTの勉強に取り組むから、

基礎力がしっかりと構築され、

結果的に学力も情報していくのだと思います。

追試になるのが当たり前…

どこかでそれを容認している自分がいませんか?

他にも追試になってる子がいるから…

どこかでそうやって自分を甘やかしていませんか?

自分がどういう当たり前の基準を持つか?

それは、恐らく君が思っているよりも遥かに大きな差となります。

当然その基準が高い子の方が大きく成長していきます。

当たり前の基準…

高く持てるように努めて下さい。