現場の声②~学校の先生を守るという視点~
いや~…天気が良いです。
今日は午前に洗車をして、自宅の玄関の大掃除をして、ジョギングをして、息子の算数の問題を作って…
で、出勤後はちょっと調べたいことがあって、それを調べながら昼食を摂ってのナウです。
さて、間が空きましたが数日前に書いたブログの続編です。
余りに中途半端でしたので、もう一回該当箇所だけコピペしてから続きを…
さて、今日の表題の件ですが、朝刊で学力テストに対しての記事を見ました。
※電子版は全ては見れないようですが、簡単に言うと学力テストに向けての対策で授業時間が削られたり、教員にとっての負担になっているという記事でした。
私は「何を今さら」と思いましたが、
これ、全国的にはどうなんでしょうか?
少なくとも、数人のお知り合いの先生に伺った時には、他県では学力テストの過去問対策等はしていないんじゃない?という声ばかりでした。
確かに、「過去問で対策をしたらそんなにすぐに成果が出るものではない」というのも事実であり、
その対策があるから秋田県の好結果につながっているというのは短絡的過ぎるように思います。
でも…
そもそもこの学力テスト自体、本当に全国の小学生・中学生の学力を測るという形式にはなっていないわけですし、
一旦秋田がこういうブランド化してしまうと、
他県からの授業見学等も増えるので、その地位(?)も何とか守らなければというプレッシャーもあるでしょう。←ここまでが前回
で、そもそも学力テストの目的は何で…
そういう話に持っていくと話の本筋とは異なるので、あくまで今回の件で私が触れたいのは、
現場の先生方の負担
その一点です。
まず、私は学校の先生と塾の講師とではその役割が本質的に異なっていると思っています。
公教育として、活きていく為に必要なコトを教えるのが学校。
で、勉強に特化し、まずは学力向上と志望校への合格を目指す。そして、その過程において将来役立つであろう能力を身につけてもらうのが塾。
※塾というより、あくまでキャンパスの場合です。他の塾さんに関しては分からないので。
いやいや、同じじゃん?
そう思う方もいるかもしれませんが、違います(私の中では)。
小学校・中学校では勿論授業も行いますが、それ以外の活動も多岐に渡ります。
部活動に運動会、学校祭に合唱コンクール、修学旅行に社会科見学…
キリがないですよね?
※部活動に関してだけは、そこまでやる必要が無いと私は思っています。これは根本的な制度の問題が一番なのでしょうが、部活は別にやりたくない子だっているわけで…しかも、極々一部の先生でしょうが、「そんなに勉強が大事なら塾に行け!その変わりメンバーには絶対に入れないぞ?覚悟しろよ!」なんて有りえない言葉を生徒にぶつける先生もいるようです。今回の記事もそうですが、別にそういう先生に関しては負担を…なんて思っていません。大体にして、どう考えても公教育の教師に相応しくないと思っているので。で、部活に関しては、やはりもっとサークル的にして、本格的にやりたい子はクラブに所属して…あ、話が逸れたのでやめます。
ですから、学校の先生はとにかく現状でも負担が大きい…
なのに、そこに負担を上乗せしてどうすんの?って話です。
小学生の英語もそうですが、ぜーんぶ足し算(実際は色々とカットされているのか分かりませんが…)。
※ゆとり教育のときに、安易に引き算をして失敗をしたわけですが…
今でもいっぱいいっぱいです…
この上英語教育が加わったら、教えるのも自身が無いし…
部活動で土日もつぶれる現状なのに、これ以上…
そういう現場の声があるのに、今度はこっち、今度はあっちとブレッブレの船長のかじ取りに従わなければならないわけで…
しかも、繰り返しますが全部足し算…
これ、どうなんでしょうか?
私は学校の先生が、大変だろうが何だろうが、そこに喜びと誇りをもって働けたのはそれに勝る「やりがい」があったからだと思うんです。
保護者との信頼関係然り。
子どもとの実の親子のような関係然り(年齢によっては兄弟のような)。
でも、現状ではそのやりがいすら…
そう感じて日々を過ごしている学校の先生は少なくないのではないのでしょうか?
で、そうなると…
それは結果的に子どもたちに影響が及ぶわけで。
幸い、秋田の公教育は高い質を保たれてここまで来ていますが、
現場の声を無視して、負担ばかりが増えていけばいずれはその衰退だって招く可能性が有ると思います。
子どもたちの成長を願い、必要な能力を授けて次の段階に進ませたい…
それは絶対に間違っていないと思います。
でも、大人も子供も変わらず、時間は有限です。
全部、何から何まで全部足し算で行くのは無理です。
そして、何より…
頭でっかちの専門家があーだこーだ偉そうに言ったって、現場の先生の現状と想いが反映されていなければ、
本来思い描いた目標にだって届くわけがないのであって…
そんなことを考えさせられた新聞記事でした。
ということを書きたかったのです、3日前に(笑)。
で、カテゴリも「秋田といふところ」にしていますので、折角なのでもう少し踏み込んで…
学校と塾…
この2者に共通すのは「子どもたちの成長」が最終目的になっていることだと思います。
ならば、もっと広く協力しながらでも良いのではないか…
私はそう思います。
受験のために必死にする勉強…
ダメでしょうか?
炎天下で、熱中症のリスクを負いながら何時間も部活するのはよくて、
夜中まで必死に勉強すると「そこまで無理しなくても…」ってどこが違うのでしょうか?
極論ですが(暴論かもしれませんが)、
私は中学生にとっては勉強>部活であるべきだと思います。
だって、自分自身が勉強から沢山の恩恵を受けてきましたから。
いや、部活からも沢山の恩恵を享受してきました。
でも、自分の人生の選択肢を広げてくれたのは、勉強でした。
勿論、インター出場や全国での活躍によって、「その道」を極めていく人もいるでしょう。
私の周りにもいます。
数人。
そう…数人なんです。
それ以外の人は、大多数の人は「試験」で己の将来が左右されるのです。
勉強だけが全て…
私もそうは思っていません。
部活も大切です。←私も部活の顧問をしたいと本気で思っています。
でも、やはり限度やバランスってものがあるんじゃないかなって…そう思います。
秋田式…
そんなチープな言葉で片付けられないほど、熱心な先生方が多いと思います。
家庭学習ノートへのコメントもそうです。
自塾生も、そのコメントを楽しみに家庭学習を頑張っているという子は少なくありませんし。
でも、だからこそ…
協力体制を創り上げて、子どもたちを育んでいけるような体制を作れないのかな~
なんて思います。
まぁ、これは行政の範囲になるのでしょうが、実現は難しいか…
結局「大きいところが強い」という原理が働き、結局は利権をめぐって大人の都合が優先するか…
何とかならんかな~
という支離滅裂な内容ですが、そろそろお仕事しないとなので、今日はこの辺で…