当たり前を当たり前に出来ることの素晴らしさ…
ちょっと今日は離職率シリーズはお休みし(夜、更新するかもしれませんが)…
基本的に、キャンパスは結構電話が鳴る塾です。
欠席や遅刻の連絡や生徒保護者様からの連絡やご相談、
業者からの営業電話(←用件だけ聞いて、基本的に即お断りしますが…)にお問い合わせ。
内容は多岐にわたりますが、そんな中でも僕が感心させられるのが、
欠席となった翌日や翌々日に貰う小学生からの「授業内容」の確認電話です。
基本的に中学部の個別指導については、欠席に関しての「塾としてのシステム」を作ってしまっているのでこういう電話はないのですが、
年々向上させていきたいことの1つに「授業欠席時の生徒自身の対処」というのがあります。
そして、こういう仕組みは一旦作り上げたものを一気に変えるより、
学年が若い生徒から少しずつ意識付けし、ある程度の長い年月をかけて「当たり前」を創り上げていく方が、「自主性」という意味でも良いと僕は思っています。
で、前振りが長くなりましたが、昨日もその前日もそういう電話がりました。
ある生徒は「先週の授業を休んでしまったので、どこをやっていけばよいですか?」と電話口で話し、
ある生徒は「体調不良で休んだので、宿題はどこですか?」。
又、そういう意識を持つ小学生の親御さんからは、
「今日熱でお休みさせますが、本人が『どこをやっていけばよいか』を気にかけていますので、宿題も含め教えて頂けますか?」と…
いや…
当たり前といえば当たり前…というよりも、これを当たり前にしたいとずっと思ってきたわけですが、
これは本当に素晴らしい事だと思います。
実際…
中学生でも出来ていない子が少なくありません(一斉授業に関しては、個別のシステムは採用していません)。
中学生でも、例えば確認テスト開始前に、
「先生、僕先週休んだので今週の範囲知らなかったんですが…」
や、
「えっ?今週ここのユニットの単語テストって、聞いてないんですけど」
ということもあるわけです。
そして、そんな時に僕が言うのは、
「だって、聞かれてないんだから、言いようがないでしょ?」
とか、
「テストが何か?何をやったのか?それは自分が休んだ分を取り返そうって思ったら、出来ることは何でもあるのに、休んでしまったんだからしょうがないか?とか、休んだんだから分からなくて当然でしょ?とか、そう思ったのは自分でしょ?」
そういう内容です。
実際、中学校でも、
「○○君…君が休んだ昨日の授業では、■■の内容をやったのね?だから、今日の授業では分からないところもあるだろうから、今日家でワークの△△ページをやって、その上でもう一度今日の授業内であるワークの▽▽ページをやってくるんだよ?」
なんて対処はしてくれないと思うんです。まぁ。。。そういう対処をしてくれる気配りに長けた先生もいるのかもしれませんが…
で、僕もそういう対処をしていた時期がありました。実際、個別指導の欠席フォローはそういう対処になってますし…
でも、やっぱり「自分で」っていうところを、そういう意識を植え付けてほしいですし、
休むとそういう面倒なことも出てくるから、出来るだけ休まない!っていう意識にもつなげたい…
そんな思いがある中での、
先述した小学生の対処です。
素晴らしいですよ、本当に。
そういう対処が出来る小学生…
下手すれば、大学生や大人でも出来ない人だっているだろうに、そういう「当たり前」を小学生のうちに身につけることがどれだけ大きい事か…
僕自身も、そんな小学生から学ばされることが本当に沢山ありますが、
そういう「当たり前レベル」の向上に、これからも取り組んでいきたいと思います。
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